あゆひ
ジャンル:恋愛
場所:三条大橋/鴨川
Sanjō Ōhashi
紅葉の季節の京都は、風が冷たい。
夜ももう九時を過ぎ、気温がぐっと下がってきた。
「寒くない?」
野口くんが聞いてきた。
さっきから、同じことをもう何度も聞かれている。
私のことを気遣ってくれているのだと思うと、なんだかこそばゆい。
「大丈夫。京都は寒いと思って、あったかくしてきたから」
そう私が答えると、
「そうだよなあ」
野口くんはなぜか首をすくめ、前を向いて歩きはじめた。
私と野口くんが歩いているのは、三条大橋を降りてすぐの鴨川の土手。
今日は一日、二人で京都を見て歩いた。
食事も終わり、あとは電車に乗って帰るだけという時、野口くんが最後に鴨川沿いの散歩に誘ってくれた。
三条大橋の西橋詰には、東海道中膝栗毛に登場する、弥次さん喜多さんの像がある。
ここ三条大橋は、江戸から京へと続く東海道五十三次の終点なのだ。
多くの人が長い旅を終えた場所で、私たちの日帰り京都旅行も終わりを迎えようとしていた。
野口くんは会社の同期で、一緒に仕事をしてもう半年以上がたつ。
どちらかというと無口だけど、もくもくと仕事をこなす、誠実な人だ。
多くを語らないけど、口を開けば言葉に重みがあるタイプで、皆から一目置かれている。
会議ではじっと黙って皆の意見を聞いた後、最後に一言良策を提案したりする。
今まで野口くんと特に仲が良いわけではなかったけど、偶然お昼休みに見ていたテレビで京都の紅葉が映ったのを綺麗と私が言ったら、一緒に行きませんかと誘われた。
それがあまりにも自然だったので、お誘いを受けて京都へやってきた。
京都を歩いていても、多くの言葉を交わしたわけではないけれど、間がもたないというのではなくて、二人の間には不思議と心地よい雰囲気が漂っていた。
「寒くない?」
野口くんはもう何度目かの同じ質問をした。
ふと見れば、野口くんは不自然に手をポケットから出したり入れたりをくり返している。
私はあることに気付いて、胸がとくんと鳴った。
無口な野口くんが、何度も同じことを言うのには、意味があったのではないか、と。
「うん、寒くなってきたかも」
私は恥ずかしさをこらえながらつぶやいた。
「じゃあ、手をつなごっか」
野口くんはあさっての方角を見ながら、手を差し出してきた。
私はゆっくりと、その手を握った。
あったかくて、男の人らしい大きな手。
甘酸っぱい心地が、私の全身をかけめぐった。
「よかったら、また一緒に出かけよう」
彼の照れた横顔は、会社では見たことのない表情だった。
この人のことをもっと知りたい。
そう思ったから、私はそっとうなずいた。
旅の終点で、なにかの始まりの予感がした。